
「この病気は、進行がゆっくりだから大丈夫」 診断を受けた際、医師からそう言われて、少し安心された方もいるかもしれません。
しかし、生物学的に見ると「ゆっくり」という言葉は非常に曖昧です。 カメの歩みのように着実に進むのか、それともある時点で急に加速するのか。実は、脊髄小脳変性症という病気は、タイプ(病型)によってそのスピードが劇的に異なります。
数年で生活が一変するものから、天寿を全うできるものまで、そこには大きな幅があります。
この記事では、主要な病型ごとの進行スピードの違いと、親世代よりも進行が速くなる遺伝的な理由についてお伝えします。 ご自身のタイプがどのパターンに当てはまるかを知ることは、未来への対策を立てるための第一歩です。
1. 「進行がゆっくり」という言葉の真実
まず、脊髄小脳変性症という病気全体を俯瞰してみましょう。 一般的に「進行が緩徐(かんじょ)」と言われますが、これは「脳卒中のように今日明日で急変するわけではない」という意味に過ぎません。
1-1. 病型によって全く違う「時計の針」

私たちの体の中には、細胞の寿命を決める生物学的な時計があります。この病気の場合、その時計の針が進むスピードは、原因となる遺伝子やタンパク質の種類によって決定づけられています。
- 速いタイプ: 数年の単位で身体機能が大きく変化する
- 遅いタイプ: 10年、20年という単位でゆっくりと変化する
同じ病名でも、これらは全く別の性質を持っています。
1-2. 予後を分けるポイント
進行速度を左右する最大の要因は、「小脳以外の場所」にも及ぶかどうかです。 小脳だけの障害であれば、運動機能の問題にとどまりますが、自律神経(血圧や排尿の調整)や他の脳部位も巻き込むタイプの場合、全身の衰弱が早まる傾向にあります。
ご自身の診断名を確認してみてください。もし「多系統萎縮症(MSA)」という名前であれば、時間との向き合い方は特に慎重になる必要があります。
2. 進行が比較的「速い」タイプ:多系統萎縮症(MSA)
脊髄小脳変性症の中で、遺伝性ではない(孤発性)タイプの大部分を占めるのが、この「多系統萎縮症(MSA)」です。 このタイプは、残念ながら進行が比較的速いことが特徴です。
2-1. 5年と8年の目安
統計的な報告によると、一つの目安として以下の経過が知られています。
- 発症から約5年:車椅子が必要になる
- 発症から約8年:寝たきりの状態になる
- 発症から約9年:生命予後に関わる
もちろん個人差はありますが、他のタイプに比べて時間経過がシビアであることは否めません。
2-2. なぜ進行が速いのか
生物学的な理由は、障害される範囲の広さにあります。 MSAは、ふらつきなどの小脳症状に加え、パーキンソン症状(体のこわばり)や、自律神経症状(起立性低血圧や排尿障害)を早期から併発します。
特に、血圧調整ができずに失神したり、排尿トラブルが起きたりすることで、日常生活動作(ADL)が早期に妨げられてしまうのです。 しかし、もし診断名が「遺伝性」や「皮質性小脳萎縮症」であれば、話は大きく変わります。
3. 進行が「ゆっくり」なタイプ:遺伝性SCDと皮質性小脳萎縮症
遺伝性の脊髄小脳変性症や、孤発性でも小脳症状のみが出るタイプは、一般的にMSAよりも進行が緩やかです。
3-1. 日本人に多いSCA6とSCA31

日本人に多い「SCA6(脊髄小脳失調症6型)」や「SCA31」は、極めて進行がゆっくりなタイプとして知られています。
- 特徴: 50〜60代という比較的高齢で発症することが多いです。
- 進行速度: 運動失調の評価スケール(SARA:点数が高いほど重症)を用いた調査では、年間の悪化はわずか0.8〜1.4点程度です。
- 予後: 発症から10年経過しても、杖などを使って歩行を継続できているケースが多く、天寿を全うできることが多いとされています。
3-2. 皮質性小脳萎縮症(CCA)の予後
遺伝性ではありませんが、小脳だけが萎縮する「皮質性小脳萎縮症(CCA)」も、予後は良好です。 MSAと比較して明らかに進行が遅く、発症10年後でも約7割の方が日常生活動作を自立して行えているというデータがあります。
これらは、まさに「カメの歩み」です。 しかし、遺伝性の中には、条件によって進行速度が変わる「注意すべきタイプ」が存在します。
4. 個人差が大きいタイプ:マシャド・ジョセフ病(SCA3)
日本で最も多い遺伝性のタイプが「マシャド・ジョセフ病(MJD/SCA3)」です。 このタイプは、人によって進行の速さにばらつきがあります。
4-1. 平均的な進行速度
一般的にはMSAより進行は遅く、平均的な罹病期間は20年以上という報告もあります。 SARAスコアの悪化は年間約1.6点とされており、先ほどのSCA6よりはやや速い傾向がありますが、それでも長期的な経過をたどります。
4-2. 「若いほど速い」という法則

注意が必要なのは、発症年齢です。 この病気には「発症年齢が若いほど、進行が速く重症化しやすい」という生物学的な特徴があります。これを「表現促進現象」と呼びます。
なぜ、親子で進行スピードが違うことがあるのか。その謎は「遺伝子の構造」に隠されています。
5. 親より早く進行する理由と遺伝子の仕組み
「親は70代まで歩けていたのに、自分は40代でふらつき始めた」 このようなケースが見られるのには、明確な理由があります。
5-1. 遺伝子のリピート数とは
多くの遺伝性脊髄小脳変性症の原因は、遺伝子の中にある特定の配列(CAGリピートなど)が、通常よりも長く繰り返されてしまうことにあります。 例えるなら、設計図の文字の一部が過剰にコピー&ペーストされてしまっている状態です。
この「繰り返し(リピート)」の回数が多ければ多いほど、細胞への負担が大きくなり、発症が若年化し、進行も速くなる傾向があります。
5-2. 世代を経るごとの変化
遺伝子が親から子へ受け継がれる際、このリピート回数がさらに増えてしまうことがあります。 その結果、親世代よりも子世代の方がリピート数が長くなり、より若くして発症し、進行が速くなる現象(表現促進現象)が起こるのです。
遺伝子の長さは変えられません。 しかし、体の「機能低下のスピード」は、私たちの行動で変えることができます。
6. 進行スピードを変える唯一の手段:リハビリ
「進行性だから何をやっても無駄」ではありません。 むしろ、進行性の病気だからこそ、「動かないことによる加速(廃用症候群)」を食い止めることが重要です。
6-1. SARAスコアの改善データ

リハビリテーションに関する研究では、集中的なリハビリを行うことで、運動失調の程度を示すSARAスコアが改善したというデータがあります。 その効果は、半年から1年程度持続することが示されています。
これは、病気そのものを治したわけではありませんが、残っている神経回路をフル活用することで、機能レベルを引き上げたことを意味します。
6-2. 「使わない」ことによる加速を防ぐ
生物の体は「使わない機能は捨てる」ようにできています。 病気の進行(マイナス1)に加えて、動かないことによる廃用(マイナス1)が重なると、合計でマイナス2の速度で悪化してしまいます。 リハビリは、この「廃用によるマイナス」を防ぐ、唯一にして最大の防波堤なのです。
まとめ
ここまでの話を整理します。
- MSA(多系統萎縮症): 進行は比較的速い(車椅子まで約5年目安)。早期からの対策が必要。
- SCA6・SCA31・CCA: 進行は非常にゆっくり。10年後も歩行可能な場合が多い。
- マシャド・ジョセフ病: 個人差が大きい。若い発症ほど進行が速い傾向がある。
- 対策: リハビリによって、機能低下のカーブを緩やかにすることは可能。
病気のタイプや遺伝子は選べません。しかし、今日からの過ごし方は選べます。 「進行性」という言葉に飲み込まれず、ご自身のタイプに合わせたペースで、機能を守るための対策を続けていきましょう。
脊髄小脳変性症の鍼灸外来
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足部の温度変化を確認する検査の一例
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参考文献
- すべてわかる神経難病(中山書店)
- 多系統萎縮症 update(科学評論社)
- 小脳と運動失調(中山書店)
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