
はじめに
パーキンソン病は体の動きが悪くなる病気と思われがちですが、実は約40~50%の患者さんに「うつ症状」が合併します。
特に「薬が切れると強い不安に襲われる」「治療を始めてから気持ちが沈む」という心の揺らぎは、薬の効き目の波(オフ現象)などが影響しているケースも少なくありません。
うつは運動機能やQOL(生活の質)を大きく低下させる要因となるため、体の治療と同じくらい心の健康を守るための正しい知識と適切なケアが必要です。
1.「うつ病からパーキンソン病になる」は本当?
「うつ病を患っていたらパーキンソン病になってしまった」と心配される方がいますが、これは誤解です。
実際には、うつ症状はパーキンソン病の運動症状(手の震えや動きにくさ)が出現する数年前から現れる「前駆症状(前触れのサイン)」の一つであることが分かっています。
脳の中では、体を動かすドパミン神経が壊れるよりも前に、気分を調整するセロトニンやノルアドレナリンを分泌する神経が障害されます。
そのため、手が震え出すよりも先に気分の落ち込みや意欲低下といったうつ症状が現れるのです。
次のセクションでは、パーキンソン病のうつ症状の特徴や、ウェアリング・オフの注意点について解説します。

病態生理とBraak仮説によるメカニズム
パーキンソン病における運動症状に先行する精神症状の出現は、Braak仮説により病理学的に説明されます。
本疾患の主病理であるα-シヌクレインの異常蓄積(レビー小体病理)は、脳幹の下部(延髄迷走神経背側核など)から上行性に進展します。
中脳黒質のドパミン作動性神経細胞の変性・脱落が進行して運動症状が顕在化する前段階(prodromal期)において、病変は橋の縫線核(セロトニン作動性神経)や青斑核(ノルアドレナリン作動性神経)に達します。
この monoamine 系の早期障害により、運動症状の発症に数年先行して抑うつや不安などの精神症状が前駆症状として発現します。
参考文献:『みんなで学ぶパーキンソン病 改訂第2版』(南江堂)
2.パーキンソン病のうつ症状の特徴と「オフ時」の罠
パーキンソン病に伴ううつ症状は、一般的なうつ病(大うつ病性障害)とは症状の現れ方に違いがあります。
強い悲哀感や「死にたい」といった自責の念・希死念慮は比較的少なく、自発性や意欲が低下する「アパシー」、喜びを感じなくなる「アンヘドニア」、強い疲労感が前面に出るのが特徴です。
また、お薬の効果が切れる時間帯(ウェアリング・オフ)に注意が必要です。
体の動きが悪くなると同時に、急激な不安や強い抑うつ気分に襲われる「非運動症状の日内変動(non-motor fluctuation)」が起こります。お薬が効いて「オン」になると気分も晴れることが多くあります。
次のセクションでは、お薬(レボドパ)でうつになるのか?という疑問についてや、お薬の併用で絶対にやってはいけないことを解説します。

DSM-5比較とnon-motor fluctuationの病態
DSM-5等の診断基準に基づく一般的な大うつ病性障害と比較し、パーキンソン病に伴う抑うつ状態では、罪業感、自責の念、希死念慮の発現頻度が低い傾向にあります。
臨床的には、意欲障害(アパシー)、無快感症(アンヘドニア)、精神運動遅滞、易疲労性が顕著です。
さらに、L-ドパ長期投与例で生じるウェアリング・オフ現象に伴い、運動症状のみならず精神症状も日内変動を呈する non-motor fluctuation が生じます。
これは血中L-ドパ濃度の低下に伴う線条体および大脳皮質・辺縁系へのドパミン神経入力の急激な低減に起因し、オフ相において著明な不安、抑うつ、パニック障害様症状が誘発されます。
参考文献:『実践!パーキンソン病の治療薬をどう使いこなすか?』(南江堂)
3.薬の疑問「レボドパでうつになる?」と治療の注意点
「パーキンソン病の薬(レボドパ)を飲むとうつになるのでは?」という不安の声もありますが、基本的にレボドパ服用自体が直接うつの原因になるわけではありません。
むしろドパミンを補充することで気分が改善することが一般的です。
治療では、まずドパミン補充療法を十分に行うことが基本です。ドパミンアゴニスト(プラミペキソールなど)は、うつ改善の医学的根拠があります。
改善しない場合は抗うつ薬(SSRIやSNRIなど)を併用します。ただし重大な注意点として、パーキンソン病治療薬である「MAO-B阻害薬(セレギリン、ラサギリン、サフィナミド等)」と抗うつ薬の併用は、命に関わる「セロトニン症候群」を引き起こす危険があるため絶対禁忌です。
次のセクションでは、うつ症状と疲労感を軽減できる効果的な運動療法をご紹介します。

薬理学的アプローチと相互作用(セロトニン症候群の解剖)
ドパミン補充療法は運動症状のみならず中脳辺縁系ドパミン受容体を刺激し抑うつを改善させます。特にD3受容体に高い親和性を持つプラミペキソールは、抗うつ効果に関する高いエビデンスを有します。
長期間のL-ドパ投与により、ドパミン調節障害(DDS)やオフ期の反復に伴う二次的な気分障害を呈するケースもあります。
うつ症状が持続する場合は三環系抗うつ薬、SSRI、SNRIの投与を検討しますが、MAO-B阻害薬(セレギリン、ラサギリン、サフィナミド)との併用は絶対禁忌です。
MAO-B阻害によるモノアミン分解抑制下でセロトニン再取り込み阻害薬を併用すると、シナプス間隙のセロトニン濃度が異常高値となり、致死的なセロトニン症候群(体温上昇、筋強剛、自律神経失調、意識障害)を誘発します。
参考文献:『パーキンソン病200年-James Parkinsonの夢-』(中外医学社)
4.薬に頼らない心のケア:運動療法が脳を守る
心のケアには、お薬だけでなくリハビリテーションなどの「非薬物療法」も非常に有効であることが多くの研究で実証されています。
運動療法として、トレッドミル歩行、有酸素運動、太極拳、ヨガ、ダンスなどを取り入れると、脳内で神経細胞を守り成長させる「脳由来神経栄養因子(BDNF)」という物質が増加します。これにより、うつ症状や不安、疲労感が軽減することが分かっています。
また、物事のとらえ方に働きかける「認知行動療法(CBT)」も、パーキンソン病のうつ症状を有意に改善させる効果が認められています。

BDNF発現と認知行動療法(CBT)の神経科学的エビデンス
非薬物療法としての運動療法および心理療法は、脳の可塑性を促進し精神症状を改善する臨床的エビデンスが確立されています。
有酸素運動、トレッドミル歩行、太極拳、ダンスなどの継続的な運動負荷は、血清および脳内の脳由来神経栄養因子(BDNF)発現量を増加させ、神経保護作用とともに抑うつ、不安、アパシーを有意に軽減させます。
また、パーキンソン病に特化した認知行動療法(CBT)は、患者の不適応的な認知や行動パターンを変容させ、神経ネットワークの再構築を介して抑うつ症状やQOL指標を大幅に改善させることが多施設共同研究等で実証されています。
参考文献:『大脳基底核 分子機構からパーキンソン病の理学療法まで(PTジャーナル 2025年10月号)』(医学書院)
まとめ
パーキンソン病のうつ症状は、「気の持ちよう」や「性格」のせいではありません。脳内の神経伝達物質が不足して起こるため、正しい医療アプローチで対処することが何より大切です。
適切な薬の調整や効果的なリハビリ・運動療法を行うことで、心の症状は十分に改善できます。一人で悩まず、体と心を総合的に診てくれる専門医へご相談ください。
パーキンソン病の鍼灸外来
一般的な鍼灸院では行わない「体の状態を客観的に捉える方法」です。
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参考文献
1:『パーキンソン病200年-James Parkinsonの夢-』(中外医学社)
※運動療法によって脳内で神経を守る「脳由来神経栄養因子(BDNF)」が増加し、抑うつや疲労感が軽減するという神経科学的なエビデンスや、認知行動療法(CBT)がパーキンソン病のうつ症状に対して有効であることを参照。また、DSM-5の大うつ病性障害とパーキンソン病のうつ症状の違いを参照。
2:『実践!パーキンソン病の治療薬をどう使いこなすか?』(南江堂)
※一般的なうつ病(DSM-5)との比較において、「罪業感や希死念慮が低く、疲労感や意欲低下が目立つ」という臨床的特徴を参照。また、「MAO-B阻害薬(セレギリン等)」と抗うつ薬(SSRIやSNRIなど)の併用が致死的な「セロトニン症候群」を引き起こすため【絶対禁忌】であるという、非常に重要な薬理学的な注意点を参照。
3:『みんなで学ぶパーキンソン病 改訂第2版』(南江堂)
※パーキンソン病におけるうつ症状が運動症状に先行する「前駆症状」である理由として、Braak仮説(病変上行仮説)を参照。中脳黒質が変性するよりも前に、橋にある「縫線核(セロトニン作動性)」や「青斑核(ノルアドレナリン作動性)」にα-シヌクレインの病理が達して障害されるため、運動症状より数年早くうつ症状が現れるという病態メカニズムを参照。
4:『パーキンソン病治療 Controversy』(中外医学社)
※L-ドパの効果が切れるオフ時(ウェアリング・オフ)に、体の動きにくさと同時に急激な不安や抑うつが強まる現象を「non-motor fluctuation(非運動症状の日内変動)」と呼ぶことを参照。
5:『パーキンソン病・パーキンソニズムQ&A』(南山堂)
※薬物治療の選択肢として、ドパミンアゴニストのなかでもD3受容体に高い親和性を持つ「プラミペキソール」がうつ症状の改善に高いエビデンスを有していることや、レボドパの長期過量投与に伴う「ドパミン調節障害(DDS)」などの行動異常に関する記述を参照。
6:『パーキンソン病の見方、治療の進めかた』(中外医学社)
※アパシーやアンヘドニアといった用語の概念や、ドパミン調節障害(DDS)のメカニズムなどが補強として参照。
7:『大脳基底核 分子機構からパーキンソン病の理学療法まで(PTジャーナル 2025年10月号)』(医学書院)
※有酸素運動などの継続的な運動が、脳の可塑性を促進し、血清および脳内の「脳由来神経栄養因子(BDNF)」の発現レベルを上昇させることを参照。また、それがドーパミン神経細胞の変性を保護する作用を持ち、結果として「抑うつやアパシーを有意に軽減させる」という臨床的な効果を参照。