
「最近、何もない平らな道でつまずくようになった」 「コップを持とうとすると、手が揺れて水がこぼれそうになる」
こうした症状が出たとき、ただの疲れや老化だと思って見過ごしてしまう方は少なくありません。 しかし、もしご家族に同じ病気の方がいる場合、あるいは症状が長く続いている場合は、身体からの「サイン」である可能性があります。
生物学的に見ると、小脳は「動きの微調整」を担う重要な役割を持っています。ここがうまく働かなくなると、まるで酔っ払ったときのような動き(運動失調)が現れます。
この記事では、脊髄小脳変性症の代表的な初期症状である「ふらつき」と「手の震え」の特徴について、他の病気との違いや、日常生活で気づきやすいポイントを解説します。
1. 「ふらつき(歩行障害)」の特徴

脊髄小脳変性症の多くの患者さんにおいて、最初の自覚症状は足元から始まります。 「雲の上を歩いているような、ふわふわした感じ」 「自転車に乗ると、以前よりバランスが取りにくい」
具体的には、以下のような特徴的な歩き方の変化が現れます。
1-1. 足を広げて歩く(広基性歩行)
小脳のバランス機能が低下すると、一本の線の上を歩くような姿勢を保てなくなります。 そのため、無意識のうちに足を肩幅よりも広く左右に開いて、身体を支えようとします。これを「広基性歩行(こうきせいほこう)」と呼びます。 どっしりと構えているように見えますが、実際はバランスを崩さないための防衛反応です。
1-2. 酔っ払いのような千鳥足
まっすぐ歩こうとしても、身体が意図せず左右に揺れてしまい、千鳥足のようによろめきます。 お酒を飲んでいないのに「酔っているのか?」と周囲から誤解されてしまうことも、この病気特有の悩みの一つです。
1-3. 立っているだけで揺れる
歩いていなくても、じっと立っているだけで体が前後左右に揺れることがあります(体幹失調)。 そのため、電車やバスでつり革を持たずに立っているのが怖くなったり、壁や手すりがない場所では不安を感じたりするようになります。
1-4. 見逃しやすい「初期のサイン」

日常生活のふとした瞬間に、初期症状は現れます。
- 方向転換: 呼ばれて急に振り向いたり、廊下の角を曲がったりする瞬間に、グラっとバランスを崩す。
- 暗い場所: 私たちは普段、目からの情報でバランスを補正しています。小脳機能が落ちると視覚頼みになるため、夜道や映画館などの暗い所が極端に怖くなります。
- 階段: 上りよりも、体重移動とバランス制御が必要な「下り」が怖くなる傾向があります。
2. 「手の震え(振戦)」の特徴
「震え」というとパーキンソン病をイメージする方が多いですが、脊髄小脳変性症の震えには、生物学的に明確な違いがあります。
2-1. 動作をする時に震える(企図振戦)
最大の特徴は、「何か動作をしようとして、手が目標に近づいた時」に震えが強くなることです。これを「企図振戦(きとしんせん)」と呼びます。
- じっとしている時: 膝の上に手を置いている時などは震えません(ここが、じっとしていても震えるパーキンソン病との大きな違いです)。
- 動かす時: テーブルの上のコップを取ろうと手を伸ばし、指先がコップに触れようとする瞬間に、手がガクガクと大きく揺れます。携帯電話のボタンを押そうとした時なども同様です。
「慎重にやろうとすればするほど震えてしまう」のが、この症状の特徴です。
2-2. 字の変化
字を書く際にも影響が出ます。 パーキンソン病では字が小さくなる(小字症)傾向がありますが、脊髄小脳変性症では「字が大きくなる」「線が震えてミミズ腫れのようになる」傾向があります。 距離感がつかみにくくなるため、枠の中に文字を収めることが難しくなり、筆圧の調整もきかなくなって字が乱れてしまいます。
3. その他の初期症状と病型による違い
ふらつきや震え以外にも、初期に見られる症状があります。
3-1. 呂律が回らない(構音障害)
「言葉が滑らかに出ない」「酔っ払っているように話し方が不明瞭になる」といった症状も、歩行障害と並んで初期から現れることが多いです。 小脳は発声に関わる筋肉の調整もしているため、ここが障害されると、声の大きさを調整できず急に大声になってしまったり、逆に小さすぎたりする「爆発性言語」と呼ばれる話し方になることもあります。
3-2. タイプによる出現順序の違い
- 多系統萎縮症(MSA): ふらつきよりも先に、「立ちくらみ(起立性低血圧)」「尿が出にくい・漏れる(排尿障害)」といった自律神経症状が現れることがあります。男性では勃起不全が先行することもあります。
- SCA6・SCA31: 高齢発症が多く、純粋に「ふらつき」や「話しにくさ」のみで発症し、ゆっくり進行するのが特徴です。
4. セルフチェックリスト

以下の項目に多く当てはまる場合は、一度専門医(神経内科)への受診をお勧めします。
- ・立っているだけで身体が前後に揺れる感覚がある。
- ・足を閉じて立つとふらつくが、開いて立つと楽だ。
- ・コップや箸を持とうとすると手が震える(じっとしている時は震えない)。
- ・字が滑らかに書けず、線が乱れたり枠からはみ出たりする。
- ・距離感がつかめず、物を置こうとして倒してしまう(動作が雑になったと言われる)。
- ・むせやすくなった、または声が裏返るようになった。
※これらはあくまで目安であり、診断を行うものではありません。
5. まとめ
脊髄小脳変性症の初期症状は、「動きのコントロール不良」から始まります。
- ふらつき: 足を広げて歩く、暗い所や階段の下りが怖い。
- 手の震え: じっとしている時は平気だが、目標物に近づくと震える。
- 言葉: 酔っ払ったような話し方や、声の調整ができなくなる。
これらの症状は、他の病気(ビタミン欠乏や脳梗塞など)でも起こりうるため、素人判断は禁物です。 しかし、もし「おかしいな」と思ったら、早めに神経内科を受診してください。
早期発見は、リハビリや環境整備などの対策を早く始められることを意味し、その後の生活の質を守ることに繋がります。
脊髄小脳変性症の鍼灸外来
一般的な鍼灸院では行わない「体の状態を客観的に捉える方法」です。
足部の温度変化を確認する検査の一例
「診断はついた。けれど、今の自分の状態がどうなのかは、よくわからない」
「薬を続ける以外に、何を意識すればいいのか、誰も教えてくれなかった」
私たちは、こうした行き場のない不安を抱える患者さんと40年間向き合ってきました。
当院では、サーモグラフィで全身の体温分布を可視化します。
脊髄小脳変性症の方では、
ご本人が感じている歩きにくさやふらつきと一致する形で、
手足の温度分布に左右差が見られることがあります。
その一致を一緒に確認することで、
「なぜ今の動きにくさが出ているのか」を整理する手がかりになります。
この検査には専門機器と解析技術が必要なため、一般的な鍼灸院で行われることはまずありません。 感覚や印象だけに頼らず、今の体の状態を落ち着いて見つめたい方のための情報提供の場として、 ご相談をお受けしています。
参考文献
この記事は、以下の資料に基づき作成されました。
- 脊髄小脳変性症・多系統萎縮症診療ガイドライン2018(南江堂)
- 脊髄小悩変性症・多系統萎縮症Q&A 172(全国 SCD-MSA友の会編)
- 脊髄小脳変性症のリハビリテーション(全日本病院出版会)
- 運動失調のみかた、考えかた-小脳と脊髄小脳変性症-(中外医学社)
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